南方独立飛行部隊、白百合部隊 第六話「猛攻」

 昭和19年12月中旬 白百合部隊基地

 新兵が着任し、榊一飛曹が3時間に及ぶ鬼ごっこを展開した日から10日が経過した。

 あれから榊一飛曹は新米に対しての訓練と、他の隊員達に冷やかされる日々を送っていた。

 訓練は毎日猛烈な物になった。朝四時間、昼食を挟んで昼四時間の飛行訓練(編隊戦闘、1対1の巴戦といった内容)。さらに、夕食後には座学(航法とか無線の取り扱い)を行うという凄まじい以外の何物でもないメニューだった。

 それんなんだから、結局新米達はボロボロになり、この日1日は休日と成っていた。

 敵機との空戦を楽しみにして、意気揚々とやって来た(女子隊員は違うかも知れない)彼らにして見れば、内地で受けた以上の猛訓練をやらされたんでは、身も心も参ってしまうだろう。

 しかし、彼らの約四倍の飛行時間をもつ榊一飛曹に言わせれば、彼らの最初の頃の練度はとても戦えるような物ではなかった。

 これまでの10日間の訓練でやっとなんとかさまになったのであった。

 ま、という訳で,この日は新人たちへの訓練は休みに成り、教官役である榊一飛曹は自室で一人、小説『海底軍艦』を読んでいた。

 そして、昼食をとり、ベッドに横になって再び小説を読んでいた時、突然サイレンと緊急放送が、基地内のスピーカーから流れ出した。

 ウウウウウー

 「敵機接近中、ルソン島方面よりおよそ50機、距離120km!!航空隊は直ちに出撃せよ!!」

 彼はベッドから飛び起きると、飛行帽を取り,急いで滑走路に向かった。

 滑走路につくと、既に一部の機はエンジンを回していた。

 彼は急いで乗機に向かった。

 この日彼が乗るのはいつもの零戦54型ではない。彼の愛機はこの日エンジンカバーをはずして大掛りな整備を受けていたので飛べない。しかし、彼はすでに非常用の搭乗機を決めてあった。

 海軍版飛燕である。

 正式には、試製飛燕改(海燕)11型戦闘機と言う。

 この機体、元はその名のとおり、川崎製陸軍三式戦闘機飛燕である。しかし、この機体は全く違うものといっていい。

 まず主翼は水密区画が設けられた物になり、主脚の位置も安定性改善のため変更されている。また、風防も零戦よりスマートな涙滴型に変更されていた。そして最大の違いはエンジンである。実はこの機のエンジンはハ−40ではない。

 川崎マリーンエンジン11型1450馬力である。

 このエンジン、元は捕獲した英スピットファイアに積まれていた物を模倣したものである。しかし、これまでの独逸のベンツ製エンジンを模倣したハー40よりは稼動率が高かった。

 性能は以下のとおり。

 試製四式戦闘機「海燕」

全長8,9m   全幅12,1m 自重2560kg  速力605km

航続力1600km 武装20mm2門 12,7mm2基

発動機 川崎マリーン11型

 カタログデータを見るだけなら素晴らしい。なぜ正式採用されなかったのか不思議かもしれない。しかし、結局採用されなかった。

 その理由はこの機が完成した時点で、既に艦戦の烈風は制作の目途が立っていたし、局地戦闘機にしても雷電、紫電が生産ラインにのっていた事、そして整備性の難しい水冷エンジンを積んでいた事が原因であった。

 その悲運の名機が何故かこの基地にあった。そして夢にまで見た出撃を行う事に成ったのである。

 榊一飛曹は機によじ登り操縦席につくと、急いで点火スイッチを入れる。(彼は一応この機の操作方法を覚えていた)

 「コンタ−ク!!」

 お決まりの掛け声と共に発動機が勢い良く回り始めた。

 そして、整備員が駆け寄ってくるのを確認すると、チョークを払えの意味の両手を横に振る動作をする。

 チョークが外され、一瞬機が動く。そして、機の方向舵、フラップの動きを確認する。

 そして、目を周りの様子に移した。

 既に全機が発動機を回していた。そして、先頭の機から木宮大尉が顔を風防からだし、一瞬後ろに向け、後続の機を確認しているのが見えた。彼は顔を風防内に戻すと、機を滑走させ始めた。後続の機もぞれにつづく。

 前の8機の離陸を確認し、榊一飛曹も機を滑走させ始めた。機は順調に増速し、樹木に偽装された屋根を抜けたところで彼は操縦桿を一杯に引く。そして、機は大空へ舞い上がった。

 彼の小隊を含め全12機が、蒼穹の大空へ舞い上がった。

 彼は後続を確認し、編隊を組んだ。

 白百合部隊は2機1個小隊で編成を組む。彼のペアは加賀二飛曹である。

 加賀二飛曹は新米の一人で、榊一飛曹から見れば飲み込みが速いように思え、中々期待できる人材であった。

 その加賀二飛曹が横に並び小隊を組んだところで、木宮大尉からの無線連絡が入る。

 「こちら木宮、全機に継ぐ、今日の敵は強大だ。2機ペアで戦え、もし1機になっても敵のダイブにはのるな。巴戦に引きずり込め。以上」

 「了解!!」

 各隊員がほぼ同時に返事した。

 そして、彼の視力2,5の目に敵機の姿が映し出された。

 敵機は低高度(1000m)と、中高度(4000m)の二つのグループに判れていた。恐らく上が護衛機で、下が爆撃機の編隊であろう。

 さらに距離がつまり、敵機の機種が判るまでに近づいた。

 敵機は護衛機がリバプリックP−47サンダーボルト、爆撃機がノースアメリカンB−25ミッチェルであった。

 前者は、ヨーロッパで散々独逸軍を苦しめた戦闘機で、太平洋ではニューギニア戦線で活躍した機である。とても重いので旋回性能は低いが、そのスピードと頑丈さは侮れない。現に、陸軍の隼が7,7mmをいくら当てても落ちなかったという話が有るぐらいなのだ。

 後者は日本軍にとってはお馴染みの機体であり、また本土を初空襲したにっくき爆撃機である。

 それらとの距離はもう3000mぐらいまで近づいていた。と、その時、

 突然木宮大尉とその僚機である杉村飛曹長の機体が増速して前に出た。ちなみにこの日、木宮大尉はなんとP−38に乗っていた。

 この機体、前回の空戦で島に不時着したのを捕獲した機体である。最初は雨ざらしのままだったが、整備兵が調べた結果、簡単な補修で飛行可能と判断されたため、めでたくこの隊の機体になったのである。無論日の丸と白百合のマークが描かれている。

 話しが少しそれたが、とにかくその日の丸をつけたP−38と、杉村飛曹長の搭乗する水冷零戦が、あろうことかたった二機で20機以上の敵編隊に突撃を開始したのだ。

 「何を考えているんだあの二人」

 彼が正直な気持ちを言った時、信じられない光景が彼の目に飛び込んできた。

 木宮大尉と杉村飛曹長の機体は、一瞬の間に敵編隊に向かって急降下、急上昇を数回反復して行った。そして2機が敵編隊から一端離れると、そこには11機のP−47、そして13本の煙があった。つまり13機撃墜である。しかも一瞬で。

 まちがいない。あれはあの名作、紫電改の○カで主人公が使った逆タ○戦法そのままであった。いや、それよりも凄まじかった。

 「あの人達人間じゃない!!」

 彼がそう叫んだ。しがし、驚愕している暇はなかった。敵機はもう目の前だ。

 「いかん」

 彼は無線機を受から発にかえ、送信機に向かって言った。

 「第三小隊全機へ、直ちに戦闘開始、しかっり2機編隊を組め!!」

 「了解!!」

 直ぐに返事が帰って来た。

 「突撃!!」

 彼は無線機に向かってそう叫び、さっきの一撃で混乱している敵に向かって突撃を開始した。

 彼は1機のサンダーボルトをレクチルの真ん中に捉え、機銃の発射スイッチを押した。同時に機種の12,7mm機銃と、両翼の20mmモーゼル銃から勢い良く銃弾が飛び出し、狙いたがわず、敵機に吸い込まれた。その瞬間、敵機は四散した。

 彼は敵機を避け、上方に飛び抜けた。そして、後続を確認する。

 1,2,3、全機健在。そして、その後方には四本の黒煙が見えた。どうやら全機が撃墜を記録したようだ。

 彼は上昇をやめ、辺りを見回した。既に敵戦闘機の姿はなかった。

 「ようし、全機目標敵爆撃機に変更!」

 そう彼が命令した時。

 「小隊長!!」

 加賀二飛曹の叫びが受信機に入った。

 「どうした!?」

 「味方機が!!」

 「何!!」

 彼が少し下を見ると、1機の水冷零戦が、紅蓮の炎を吐いていた。そして、四散した。水冷零戦はエンジンこそ空冷から水冷に換装し、速度性能を上昇させているものの、機体その物は零戦32型のまま、つまり米軍側が言う所のワンショットライターである。だから脆く燃えやすい。

今回その事実が露呈してしまったようだ。

 彼は一瞬その風景を見たものの、直ぐに次の行動に移った。

 「全機へ、これより第三小隊は敵爆撃機迎撃へ向かう。以上」

 そう言い、彼は機体を降下させた。

 一方、その頃爆撃隊は既に島の上空に達していた。

 敵機は高度を100mほどにまで落とし、滑走路上空に編隊を組み一直線に進入してきた。

 「撃ち方始め!!」

 前回と同じく司令官槙野少将は機銃陣地で指揮を取っていた。といっても今回は敵機が多い、前回は使わなかった対空砲、対空噴進砲も一斉に火を吹いた。

 この対空噴進砲というのは、迫撃砲を元に開発されたもので、装填時間の長さと、射程の低さが欠点であったが、広範囲に一気に弾が飛び出し、それなりに威力の高い兵器であった。

 さらに陸戦隊員の中には、九九式軽機や、38式歩兵銃を空中に向けているものまでいた。

 それだけ凄まじい反撃を予期していなかったのか、一直線に進入してきた24機の内、あっという間に9機が叩き落された。しかし敵も勇敢で、その損害にもめげず、パラシュート付き滑走路破壊爆弾を投下し、対空陣地に機銃掃射を食らわした。しかし、そこまでだった。そこへ戦闘機隊を蹴散らした白百合飛行隊がやって来たからだ。

 その日の夜、基地内は沈黙に包まれていた。

 あの後、戻って来た白百合部隊の手でB−25はさらに6機を落とされ、1機が逃げ遅れた所を囲まれ投降した。他に、被弾したP−47三機が不時着し鹵獲された。白百合部隊は12機で合計で36機撃墜、1機を無傷で捕獲するという大戦果を上げた。

 そして、ハプニングもあった。なんと陸軍の隼と疾風が着陸してきたのである。この機は吉田、島川という軍曹が搭乗して来たもので、彼らは台湾に向かって飛行してたものの、陸軍共通の航法の弱さから機位を見失っていたところ、この島を見つけ不時着したのだと言う。

 結局彼らは、台湾に自力飛行無理と判断し、白百合部隊に居候することになる。

 だが、そんな勝利やハプニングの陰で犠牲者も出た。

 榊一飛曹達が目撃した火を吐いた機体は大野二飛曹の機体であった。彼は機体と共に散り、遺体さえ残らなかった。

 そしてもう一人、第二小隊の近藤少尉も戦死した。

 彼女はB−25を追撃中に体に三発の銃弾を食らった。しかし、彼女は最後まで生きることへ挑戦したのだろう。彼女は致命傷を負いながらも機を操りなんとか着陸させたのだ。だが、そこまでだった。整備兵が木によじ登り、風防を開けた時には彼女はこと切れていた。

 さらに、整備兵の一人も機銃掃射を食らい死んでいた。

 そんなため基地内は沈んでいた。女子隊員や新米兵たちは仲間と先輩の死に皆泣いていた。

 そんな中,榊一飛曹は一人自室で寝ていた。彼には判っていたのだ。戦死者に対し深く感傷に浸る事は自分の心を乱し、そして自分の命さえも危うくしてしまう事を。また、戦場では、死という事が日常的であることを。

 その夜、戦死者への追悼式が行われた。全員礼装に着替え、遺体に向かって敬礼した。しかし、それにより、女子隊員の中から再び泣き出す物が現れた。

 それを見て,木宮大尉が全員に向け言った。

 「諸君、大野、近藤両隊員の戦死は誠に残念であった。しかし、いくら泣いても二人は帰ってこんし、どうしようもない。それに戦死者への感傷に浸り、自らの心を乱すことは、ただ自分の命を危うくするだけだ。それに…・これからも戦って死ぬ仲間は出るだろう。我々が彼らへ出来る最大の弔いは、この戦争を一刻も早く終わらせ、彼らと同じ道を歩む者を一人でも減らす事だと、俺は思う」

 それは木宮大尉の、彼なりの戦争への抗議だったかも知れない。

後書き

  久しぶりにこっちを書きました。今回は二人の隊員が戦死しました。

 今回の作品では戦争とは、そして戦死とは戦場ではどのような物なのかといったことを僕なりに言ったつもりです。

 では、次回「強襲」でまたお会いしましょう。

 新たな参考文献

紫電改のタカ 一巻 講談社    独立戦隊黄泉 大日本絵画

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