万博日記

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2月6日 始まり

<作成中>

2月27日 始動

この日、初めて旗手は徴集された。
やらされた事は、
 
右向け右左向け左回れ右である。
 
リーダーに我々は、
「さすがは、選びぬかれたスカウト」
と褒められたが、机で足元は見えなかったはずである。

3月6日 悲愴行進曲

とうとうこの時がやってきた。旗手練習初日だ。集会場所に30分前に行く。

一番乗りだ!!

と思ったらみんな結構いる。おいおい。ちなみに15分前に来た奴が遅刻扱いになるのはどうかと思う。みんな早く集まったが、バスはわずか定刻5分前に発車。25分近く無駄な時間を過ごした。   

バスの中で担当国の発表となる。                                 

「〇〇は5番のウズベキスタン」

えっウズベキスタンですか?

アメリカとかインドとか有名な所にしてくれればいいのに・・・とキルギスの友達と話していた。(22日の僕からみれば愚かな話をしていたと思う) 

会場EXPOドームは寒い。壁が余りないため風がストレートに入ってくる。ただの日陰なのだ。練習は厳しい。言われた通りやっている筈なのにリーダーに叱られ、横に突き出した腕は痛く、練習は悲惨だった。特に精神的に。 EXPOドームでの練習は

寒い・痛い・厳しい

の三つに尽きる。腕をあげろと言われあげれば下げろと言われる。自分の問題点は肩まであがってしまっている事だが直しようがなかった。EXPOドームでの練習の苦痛をもう一つ加えるならば飯が不味いという事だ。なお、万博会場で売っている弁当はそんな不味い物ではないだろう
からあしからず。こんな風に練習1日目を過ごしたのだった。縦書きバージョンへ

3月12日 失意

始まりは前回と同じような感じだったので省略。

この日、重要な変更が起ってしまう。 事の発端は僕が、身長調節の為5番ウズベキスタンから3番ウガンダに移った事から始る。5番も3番も大した差はないがこの日前回以上に指導を受けてしまう。それもリーダーごとによって指導が違う。ある人の言う通りにやればある人に叱られるという有様だ。もはや手一杯だった。ハケのサインを出すリーダーなんか見ていられない。そして最初の五人が大切だとプレッシャーをかけられる。最初の五人だ!!そしてその日最後の練習を終わった後、何かの国旗掲揚隊の生き残り(きっと全員まだ生きているとは思うけれど。ものすごいいい評価をもらったらしい。)だった総指導者みたいなリーダーが一人のスカウトをつれて僕の前に現れた。彼がそのスカウトにいう。 

「君がここね。」                                                   

交代ですか!

 僕たちは首から国旗のついたカードをぶら下げているので交代の時、交換する。

しかし、向うのカードがない。

補助まわしなのか。直感した。 「君はここの補助ね。」あらら・・・。

逆らう事も出来ずやむなく補助席に座る。失意・失望いやちがう言葉に表せない気持ちがこみあげてきた。さらばウガンダ。幸運を祈る。またいつの日か。

キルギスの友が会議の時に僕をかばってくれて僕が旗手から落ちた事を他の旗手と関係ない子に深く聞かせないようにしてくれた事は、申し訳なく思ったがその気配りはとても嬉しかった。そして、ハイテンションになって忘れようとしている僕にあわしてくれた事も・・・ 

縦書きバージョン

3月13日 夢・・・希望


翌日、市内ナオリ会館にてパレード練習。

この日までに革靴を用意する事!!

ハーイ。

えっ、でも体育館!革靴はいちゃだめじゃん。靴下で体育館に入る。

あっ旗手ベルト忘れた。

「今日は要りませんよ」

セーフ。旗なしでひたすら行進の練習だそうだ。

あのー補助は何処に行けばいいですか?

「ちょっと待ってね。今日休みで空いてる所があるから誰か入って?」

僕入ります!

何とかツバルゲット。「補助はいつも何をやってるんですか?」回りは聞く。

こないだの終わりになったからもちろん知りません!!

ひたすら行進の練習をし、その日は終了。パレード本番もツバルの旗を
持ってもいい事になり最絶頂。おいおい。隣りの子(もちろん男)とも仲良くな
りやったぜー。 縦書きバージョン

 3月20日  束の間の幸せ


  パレードは無事うまくいった。

どうもいい想い出ほど記憶にならないらしい。書くことが思い付かない。

パレードの前に友達に出合う。見てくれるかな?

あっみんなに宣伝し忘れた。

肩と肘と腰の痛みに苦しめられながらもパレードは終わった。

しかしこれは束の間の幸せだった。明日から補助という辛い現実が待っているのだから。縦書きバージョン
             

 3月21日  失策


  集合時間45分前に行く。おっ三番乗りだ。

いい事あるかも。この日、忌引で休んだスカウトがいたので代りに誰か入る事に。

但し本日限り。

本番の旗を持つ確率薄れないかな。

悩んだ挙句じゃんけん勝負。

最初はグーじゃんけんポングー相子でしょうチョキ負けたー。あーあ。

補助も前の方に出るので練習。歩き方がロボットのようにぎこちないそうでひたすら練習。革靴を傷つけながら練習。

えっ君達の場所がないから前でなくていいって。

ここまでの特訓は何だったんだー。


一方、旗を掴む為、ちょっと暇そうなリーダーを掴まえて行進の練習。

そして、ちゃんとリーダーの指導を受け、旗手になる唯一のチヤンス、外での行進練習に挑むが、

前後間隔と目線がだめ(きっと)で落選。縦書きバージョン

3月22日 忘却

この日は二番乗りになる。

旗を確保する為にN-EXPO CITY シンフォニーのTシャツを着る。

これは、僕がキッコローに入った時にもらったものだ

この日の結論から言ってしまえば最早、忘却しかありえないという事だ。

昨日の選択が全く失敗だった事に気付いたから・・・。

あの時、もしじゃんけんせずに立候補しておれば

補助から脱出できたかも知れないのに・・・。

忌引はきっと二日休み、基本的に今日のメンバーで本番を迎える。

最早どうしようも出来まい。旗手が本番やる事は、入場・退場・行進・ステージ中央で国名コールをうける・方向転換・旗を持つなどなどいっぱいある。うちらがする事は入場・退場・防寒着を配る事・その場に存在している事だけだ。

代るようないざというできごとが起る可能性は、

が東大医学部に実力で受かる可能性

ぐらい低い。

これまでこの過酷な練習で誰一人としてばてることがなかったのだから。

フリース配りほど過酷な事はない。

そして、学校の後輩に笑われる事ぐらい屈辱はない。

旗を片付けるのを手伝ったり、とけた旗の紐を結んだり・・・積極的に動いても虚しいだ
けだ。

YOSHIKIさんです」「ウガンダ」「ウズベキスタン」「シンフォニックファンファーレ」「ではここで」

すべて懐かしく感じる。ずっと昔の事のようだ。失って初め
て気付く事ある事に気が付いた。どんな無名な国でも旗を持てた栄光を・・・。


過去の栄光も失敗も忘れるしかない。進路部の先生が言っていたように。

最初から補助として召集された。そして補助として栄光たる地に何千何万の日本のベンチャースカウトの代表としていや世界のスカウトの代表として立っている事を常
に誇りに持っていなければならないのだ。私は代表なのだ。自己暗示をかけるし
かない。家に帰ったのは22時を軽く過ぎていた。

3月23日 夜想曲


5時半 に目が覚める。

どうしても眠れない。

おととい何故じゃんけんする前に旗を取らなかったのかという事を考えた。

いや自分を責めた。

責める相手は自分しかいない。落ち着かせる為に竹刀を振った。

しかし竹刀が天井に当たり隣りの部屋に寝ている妹がうるさいと言ってきた のでやめた。

仕方ないから、ベットの上で坐禅 した。

カブスカウトについていった時に坐禅はしたのでやり方ぐらいはわかる。

精神を落ち着けて寝る。

やっぱり寝れない。

仕方ないから読書する事にした。クリスマスに母に買ってもらった夏目漱石の「セガサターンシロウ」じゃなくて「三四郎」を読んだ。買ってもらってから3か月余り読んでいなかった。

神主風の人曰く

「滅びるね」

凄い、

この時代、戦前に国が滅びるなんてなかなかかけないぞ。

大正デモクラシーの時代だったかもしれないけれどやっぱり凄いと思う。40分余り三四郎を読む。
  補助になってから
3日、旗手やっていたのが2日間だったのと比べると、補助の
時代の方が長くなった。もう最初から補助だったのか途中からだったのかわから
ない。

今日はゲネプロ。ドイツ語でgenelalprode(ゲネラルプロードとでもよむ
のだろうか)。

何とか入場4番目ゲット。でもきっと映らない。唯一の晴れ舞台なのに。

ずっと昔から補助だった気がしていた 。自分には補助という過去しかない気がしていた。

EXPOドームの奥で立っていてかつて立っている場所を見ると急に懐しくなり、自分の中に真実の過去が復活 した。

どっちの過去が真実でも今補助であるのは変わらない。僕にはもうどうしようもできない。事実を認めるしかない。それしか出来ない。でもそれでいい。やっとそれを認めれた気がした。我らしか出来ない事があるから、きっとあるから、彼らには見えない聞こえない事が我らには見え聞こえるから。

あっショパンノクターン30だ。好きな曲だ。無料着メロ(けち丸出しだ) をゲットしたのがきっかけだ。旗手になる事は出来なかった。でも今やっているプロジェクトで旗手らを超えてやる。星野仙一曰く「負けた悔しさをバネに生きろ。」さすが闘将

3月24日 終着そして新たなる旅立ち

僕は旗手になる事は出来なかった。けれども今それを悔いてはいない。僕は新たなる一歩を踏み出さなくてはならない。

旗手になる事は出来なかったが、そこから学んだ事は多かったと思う。

何ごとも全員の努力があってこそでき、あらゆる役割の人間がそれぞれで頑張るからできるんだ。

そして達成感という快感があるからそこまでやり遂げられるのだ。

さあ明日、また新たな一歩を踏み出そう。

 

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